~よっしぃの独り言                   医者として10年程仕事をしてきました。 医療関係者と一般の方々の間に大きな隔たりがある事も実感しました。 これは、お互いにとって不幸なことです。 このすきまに橋を架けれたらと思いブログを始めました。
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2009/06/12 Fri 12:08
もうずいぶん前のことです。

Yさんは、理解力のある患者さんでした。

病名は、そう、残念ながら肺がんでした。

肺がんにも大きく分けて2種類あるのですが、小細胞肺がんと言うタイプの肺がんでした。

小細胞がんは、進行が速いことが多いのです。

しかし、抗がん剤が効果的です。

ただ、限局型と進展型に分けられるのですがYさんは、進展型でした。

限局型は、抗がん剤と放射線治療で治癒することもあるのですが、進展型の治療は抗がん剤治療であり治癒することはほとんどありません。

すべてを理解した上でYさんは、抗がん剤治療を受けられました。

6コースの抗がん剤治療を終了しました。

半年ほども治療をしたことになります。

画像上、ほとんどわからない程まで小さくなりました。

Yさんは、非常に喜びました。

もちろん、担当医である私もうれしかったのですが。

治療終了時に、Yさんに話をしました。

『Yさん、治療が終わってほとんど影が消えました。

喜ばしいことですが、小細胞がんはすぐに再発することがあります。

しかも、脳転移で再発することが多いです。

ですので、影がほとんどなくなった場合に将来の脳転移を予防する目的で放射線を頭に当てることによって脳転移の出現を減らすことができます。

放射線治療をしますか?』

『先生、もう半年も治療してきたしもういいですわ。

放射線をあてても脳転移が起こることもあるんでしょう。

あてなくてもできないこともあるんでしょう。

肝臓とかほかの場所に転移が出てくることもあるんでしょう。』



『Yさん、その通りです。

そこまで、理解されておっしゃられるなら何も言うことはありません。』


『まだ、やりたいことがあるのでね。』

そして、Yさんは月1回程度診察にくる程度でいままでの生活に戻っていきました。

仕事も復帰していました。

あるとき、Yさんの奥さんから電話がありました。

『おかしいんです。』

外来にYさんがやってきました。

何もおかしなことはありません。

いつものYさんでした。

ただ、話を聞いてみると。

『先日、仕事に行くのに車で出かけたのです。

そして、駐車場に入れて仕事をして帰ろうとしたら思い出せないのです。

どこに車があるのか。

なんだか訳がわからなくなってきて、どうやって家に帰ったかわからないのです。

脳転移が心配で来たんです。』

普通、脳転移は、ふらふらするとかむかむか気分が悪いとか、まっすぐ歩けないとか、半身(右だけとか左だけとか)が動きが鈍くなったりすることが多いです。

全く、そんな症状はありませんでした。

正直、そんな症状を聞いたのは初めてでした。

ただ、脳転移の症状の可能性は十分にあります。

検査の予約をしました。

その日の夜に再びYさんの奥さんより電話がありました。

Yさんが痙攣しているとのことです。

すぐに来てもらいました。

来院時、痙攣はおさまっていました。

頭の検査の結果をみると多数の脳転移ができていました。

そうこうするうちに、Yさんはボーとしてきて眠くて眠くてたまらなくなってきました。

放射線治療が始まり、症状は改善しました。

しっかりしたYさんです。

Yさんは、入院後の記憶がほとんどあまりないようです。

Yさん自身、記憶のない人生はYさんの人生とは思えない。

今度、似たようなことが起こったときは、積極的な治療はしてほしくないと言われました。

小細胞がんは、2回目以降の治療においても抗がん剤治療が効果を発揮することも多いのです。

当然、再度抗がん剤治療を勧めました。

『先生の言うように今度は抗がん剤治療をもう一度試してみます。

でも、前回の治療も正直かなりしんどかったんです。

しかも、だんだんと抗がん剤、効きにくくなるんですよね。』

さすが、Yさんすべてを理解しているようです。

もう、Yさんに何を言うこともありませんでした。

頭に対する放射線治療をしたあと、抗がん剤治療を行いました。



『先生、今までありがとうございました。

もう、先はそんなに長くないと思います。

これからの人生は田舎に帰って過ごそうと思っています。

ほんとうにありがとうございました。』


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それから、数ヶ月たったある日、Yさんの田舎の病院からYさんが永眠したと手紙が届きました。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

コメント
この記事へのコメント
病気と付き合いながら
上手に、それなりに充実した人生を生きた人でしたね。こんなふうに生きられたらいいだろうな、という典型です。(あくまで私の考えですが)
2009/06/12(金) 19:54:50
URL | あずき #-[ 編集 ]
Yさんに合掌
ずいぶんいい抗がん剤や治療法が出てきても、やっぱり一度癌と言われたら、死は避けられないことが多いですね。
ある程度のことは出来ても、限界があるというか。

その時に諦めて緩和ケアを選ぶ人もいるし、緩和を勧められて「担当医師に見放された」と違う病院を目指す人もいる。
緩和を選んだら選んだで、モルヒネで寝てばかりな現実に違和感を覚える家族もありますね。

……。
人は何のために闘病するんでしょうか。
癌と闘うって、何なんでしょう。
考えれば考えるほどわからなくなります。

Yさんはしっかりした方ですね。
そういう方が、記憶があやふやだったり途絶えたりするのはとても不安なことでしょう。
自分が不甲斐なく思えたり、自信がなくなったり。
痛みより苦痛だったであろうことは、我が父を見てたらわかります。うちもずいぶん自分に苛立ってて当たり散らされましたから。

そこが本人にとっての線引きだったんでしょうね。
懐かしい故郷に帰って最期を過ごせて、穏やかに旅立つことが出来て良かった。
無論、ご家族の同意があったらばこそですが。我が家と違って(-.-;)

癌患者は一向に減らない。
一生懸命な医師には患者がどんどん増え、忙しくなり過ぎて丁寧な診療が出来なくなる。
医療崩壊の一因が、癌治療だったりするんですね。
医師も患者も一体どこまで頑張ればいいのやら。

ん~、すみません。体調がすぐれず脈絡がなくなってしまいました。
2009/06/13(土) 04:44:51
URL | 女王様 #-[ 編集 ]
>あずきさん
本当に充実した人生だったのでしょうか?
いつ記憶がなくなるかも知れない恐怖と常に戦っていたようでした。

>女王様
>ずいぶんいい抗がん剤や治療法が出てきても、やっぱり一度癌と言われたら、死は避けられないことが多いですね。

少しずつ少しずつ、稼ぐ時間が長くなっています。
いつの日か打ち勝てる日が来ると思います。

>人は何のために闘病するんでしょうか。
闘わなくても共存するという考え方もあります。
闘っているようにみえる人もいれば共存しているように見える人もいます。

>自分が不甲斐なく思えたり、自信がなくなったり。
記憶がなくなる恐怖は相当なものだったようです。

楽でいい治療法がどんどん出てくればいいんですけどね。
2009/06/13(土) 09:27:08
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
ありがとうという言葉
何度も済みません。

私はよっしい先生に実際お会いしたことはありません。だから先生がどんな先生なのかは、ブログ上でしか知り得ることは出来ません。これは今回の主人公のYさんに関しても同じです。そのうえで少し図々しいことを書いてしまうかも知れません。

私が今回の人生いろいろで印象的だったのはYさんの「ありがとう」という言葉です。

この言葉からYさんの、感謝の気持ちを垣間見ることが出来たのです。
でも主治医の立場からしたらこの言葉は逆に、心苦しいものを感じたかも知れない。想像で申し訳ないですが…

Yさんは恐らくすべて理解したうえで田舎の病院に転院したのだと思います。自分の運命を悟って、最期を田舎で迎えることを決心した。けれどその覚悟は時に悲しく、やりきれなさを感じずにいられない。

心から医学の発展を願わずにいられない。

これはよっしい先生だけでなく、殆どの医師の思うところなのだと思います。

記憶が無くなる恐怖と闘いながら、それでもYさんはよっしい先生が主治医で良かった、と感謝していたと思うのですよ、私は。

記憶が無くなるって怖いことですね。この恐怖を和らげることがこれから先の医学の力で出来るようになればいいと私も思いました。
2009/06/13(土) 19:59:21
URL | あずき #-[ 編集 ]
よっしぃ先生こんばんは
人生いろいろ1話完結編ですね。

私の母も脳転移で記憶障害がでました。
「しっかりしている自分」と「忘れていく自分」の狭間の時期が一番苦しそうで、よく頭をポカポカ叩いていました。
本人ほどではないですが、そばで見ている家族(私)も苦しかったです・・・。



2009/06/14(日) 03:36:58
URL | ゆう #-[ 編集 ]
>あずきさん
いつもコメントありがとうございます。

本当にいろいろな生き方があります。

その生き方により、少しでも何かを考えていただけたらと思います。

その意味では十分考えられたのでよかったと思っています。

>ゆうさん
記憶がなくなるって本当に怖いですね。
とくに、ほかが全然元気であればなおさらのことです。

このような状態にどう関わればいいのかわかりません。
まだまだ勉強です。
2009/06/14(日) 11:28:45
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
こんにちは、初めまして。ずっと以前から拝見させて頂いてますが、コメントは今回が初めてです。
私の知り合いは、30歳で小細胞肺癌で亡くなりました。もう、8年程前の話です。
大阪のNHKの近くの大きな病院です。抗がん剤治療をしていましたが、1クール終わって少しずつ小さくなるものの、次のクールまでに、さらにまた大きくなっていて、抗がん剤が追い付きませんでした。最後は、呼吸をする事が辛そうで、ある日「楽になりたい」と言い、モルヒネで眠りながら亡くなりました。
現在私は、獣医療の端くれにいます。癌の動物達が増え、ペインコントロールをどのようにして、QOLを維持できるのか、端くれながらに考え、動物と飼い主さんとの終末医療を充実したものにするために私に何が出来るのか考えています。

Yさんの終末は充実していたのでしょうか??
2009/06/16(火) 23:47:48
URL | ぴなぷ #-[ 編集 ]
>ぴなぷさん
はじめまして。
30歳ですか、若すぎですね。

抗がん剤もあまり効かなかったようですね。

動物たちのQOL。
これもなかなか意志がわからないので難しいでしょうね。

動物たちのQOLは、今まで考えたことがなかったです。

>Yさんの終末は充実していたのでしょうか??
私も、それを知りたいのですが、文面からは詳細はわかりませんでした。

充実していたと考えるほかありません。
2009/06/17(水) 12:56:52
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
まだまだ勉強中ならねえ
私の母も亡くなる数日前、記憶障害が出ました。ゆうさんの場合と同じく、他は比較的元気だったので、まさか病気のせいとは思わず、叱ってしまいました。今となっては、それが大きな後悔となり、なかなか立ち上がれません。

私の看取りはダメダメだったなと反省しきりだったのですが、、、ふ~ん、よっしぃ先生はまだまだ勉強中なんですか。医者がそーなら、私が未熟なのも、全然問題ないように思えてきますたv-15
2009/06/18(木) 13:17:35
URL | christmas #-[ 編集 ]
>私の看取りはダメダメだったなと反省しきりだったのですが、、、ふ~ん、よっしぃ先生はまだまだ勉強中なんですか。医者がそーなら、私が未熟なのも、全然問題ないように思えてきますた

そりゃ、ベストが何かがわかりませんから、人それぞれ望んでいるものも異なりますし。

おそらく、看取りにおいて誰でもすくなからずの後悔があるかと思われます。

christmasさん全然問題ないと思いますよ。
2009/06/19(金) 12:37:50
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
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