~よっしぃの独り言                   医者として10年程仕事をしてきました。 医療関係者と一般の方々の間に大きな隔たりがある事も実感しました。 これは、お互いにとって不幸なことです。 このすきまに橋を架けれたらと思いブログを始めました。
スポンサーサイト 
--/--/-- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
TRACKBACK --  |  COMMENT --  | 編集
10年の歳月・後編 
2009/10/07 Wed 12:06
10年以上仕事をしていると、やはり、10年前は昔だなぁと思うことがあります。

10年前って、携帯電話を誰でも持っている瘍になった頃ですよね。。

前回の続きです。

別の病院へ転勤になると、転勤した病院はがん治療は本人に病名を伝えないとしないというスタンスでした。

ホッとしました。

嘘をつかずに治療が出来る。

当たり前といえば当たり前のことだったんですけど。

でも、別の問題が持ち上がりました。

病状説明をしようと患者さんの家族に来てもらうと、

『先生、あのひとがんなんですね。病名は言わないでください。耐えられません。』

なんてことがしょっちゅうありました。

『でもね、抗がん剤とかしんどくなったりしますよ。

病名言わずに治療したらおかしいと思いますよ。

おかしい、だまされてると思ったら患者さんとご家族の間に溝が出来ますよ。

もしかしたら、残された時間が短いかも知れないのに。』

と説明するとだいたいは納得してもらえるのですが。

それでも、絶対ダメという場合もあります。

『治療しないのなら、病名を伝える必要はないと思いますよ。』

ただ、高齢の方や合併症のある方で治療するのが厳しいことが予想される場合ですけど。

何人か病名を言わなかった患者さんがいるんですけど、言わないことは私にとっても家族にとってもやってみるとつらい場合が多いですね。

だって、だんだんとを悪くなっていくのに『いくら調べても病名はわからない。』と説明しますから。

中には、家族が耐えきれなくなって、家で

『あなたは、がんなのよ!』

なんて言ったこともあります。

最初に医者から言われた方がどんだけ本人のショックはましだろうかと思います。

「最初にがんがわかったとき」と「家族に言われたときは」残された時間が確実に短くなってますから本当にどうしようもないことになっている場合があるんですね。

家族が患者さんに言ってしまうときは、たいがい感情が高ぶっているときなので告知のタイミングとしては最悪であることが多いですね。

10年ほど前とに比較は終わりです。

でも、もう少しこの話題に続けたい話があるので続きます。

何だろって思う方『人気ブログランキング』へ←ポチッとお願いします。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

コメント
この記事へのコメント
告知…

知らない方が幸せだったって事もあるのかな?

考えてしまった(-ω-;)ウーン

彼は高校生の時に父親を肺癌で亡くしている

彼自身が肺癌で余命半年を宣告された時

忘れられない父親の闘病生活がオーバーラップし

痛み、苦しみ、腫れて歩けなくなった足、ドンドン痩せていく体…

そんな変わり果てていった父親と同じ様に

それが自分の死様だと未来が見えていた(゜д゜;)

死に向かって自分の体がどうなるのかが分かっているから余計に怖いとも言った((;゜0゜;))

そうだよね…

未来は見えないからこそ、人は期待と少しの望みに夢を託すんだとも思った!

同じ余命半年であっても、彼が父親と同じ肺癌でなく別の病名であれば

少しは彼の怖さが違ったのかもしれないな~なんてサッチャンは思いました(つω・`。)

先生たちは「今」を伝えなきゃいけない…

患者サンのご家族は「今」じゃないのかな?…って

サッチャンには何が正しいのか
答えが見つかりそうにないな~
/(^O^)\
2009/10/07(水) 19:53:56
URL | サッチャン #-[ 編集 ]
病名を伝えること
こんばんわ。

母に肺がんを知らせた時のことを思い出しました。

始まりは血痰を吐いたことでした。
かかりつけクリニックへすぐに行き、胸のレントゲンを撮り、紹介状を書いてもらって、
レントゲン写真と共に総合病院へ行ったこと。

検査入院し、母が気管支鏡検査を受けて眠っている間に父と私が主治医に呼ばれたこと。
「十中八九、悪性の腫瘍やと思っておいてください。かなり大きいです」

父は普段、感情を出さない気難しい人なんですがこの時ばかりは、パニックになっているようでした。
私はどこかとても冷静で、ドラマみたいだなぁって思いながら、
父の替わりにしっかり聴いておかなくてはといった感じでした。

そして、そこでもやはり本人に伝えるかどうかが話されました。

検査を受けたこの日に伝えるのは酷なので検査結果の出るとされている日に
家族揃って主治医から伝えていただくようにお願いしました。

当然、当日はひどいショックとパニックを受けていました。

「入院したくない」
「手術がこわい」
「死ぬの?」
「田舎に帰りたい」
「身の回りの整理をしたい」
そんなことを言っていました。

私はそんな母を叩きました。冷静にさせるために・・・(親を叩くなんて良くないですが)
「先生が一緒に頑張りましょうって言ってくれてるやん。治りたいやろ?死にたい?」
「死ぬ為に田舎に帰るん?治療受けて元気になってから、帰ったらいいやん」

そんなやり取りをして、納得したようです。
納得・・・覚悟でしょうね、きっと。
母は主治医にお願いをしていました。
「先生、主治医かわらないでね。私は先生を信じる。
だから、他の先生にコロコロかわったりしないでください。頑張りますから、約束してください・・・」

主治医は
「わかりました。約束します。もし、かわらなければいけない時は、一番にお知らせしますから。」
そう言ってくださいました。

それからの母は、吹っ切れたのでしょうか。
とても一生懸命に治療に望んでいました。

いつの間にか病室の人気者になっていて、先生や看護師さんたちからは、
「この部屋は明るいね~」なんて言われていました。

今でも当時、関わってくださった先生や看護師さんに院内で出会うと
声を掛けてくれることが多々あるそうです。

面識のない先生でも、名前を知ると「あぁ!」なんてこともしばしばあるらしいです。
(どんな患者だったのでしょうね・・・)

結果、かなり進行もしていて放射線も抗がん剤もあまり期待できないはずだったのが
主治医も驚くほど効果があり、メスを入れるスキマができたため急遽、手術が決まり無事成功しました。

全てを伝えることがいいのかどうかわかりません。
ほぼ、伝えていますが、初期の段階ではないと言われたことや、再発率などは伝えていませんし・・・

でも、母の場合、病名は主治医に伝えてもらうことにしてよかったんじゃないかなって思っています。

転勤が決まった主治医は約束を守ってくれました。
忙しい中、電話で一番に知らせてくれたのです。

その主治医の最後の診察日に一緒に写真を撮ってもらいました。
笑顔で並んで写る姿を見ると、感慨深いものがあります。

今は、その主治医の後輩に当たる先生が主治医となっています。
先生同士、会うと母の話がよく出るそうです。

もしも、いつか会えたなら、もう一度「ありがとうございました」と伝えたいです。

話があちこちになりました。
おじゃましました。
2009/10/08(木) 01:30:32
URL | りく #kUr9nKys[ 編集 ]
>サッチャン

>知らない方が幸せだったって事もあるのかな?
あるのかも知れませんが、やはり患者さん自身の病気であるのでよほどのことがない限り伝えるべきだと思います。

ただ、予後も含めたすべての病状に関しては患者さん自身が聞きたいか聞きたくないかを判断した方がいいでしょうね。

>サッチャンには何が正しいのか
何が正しいのか、何が一番よいのかは、患者さん自身にもわからないし、家族にもわからないし、主治医にもわかりません。

ただ、はっきり言えることは、みんな一生懸命考えて一番よい方法を探しているって事実です。

そうしていることが大切なんじゃないかと思います。

どんなことをしても必ず後悔はつきものです。
あのときにこうしとけばよかったかなぁ。などと考えてしまいますが、あのときこうしておけば、もっと悪い結果があったのかもしれません。

人生一度きりです。

やり直しはできません。

だから、みんな悩み、苦しみます。

だから、必ず答えをみつけないといけないわけではないと思いますよ。

>りくさん
>当然、当日はひどいショックとパニックを受けていました。
>私はそんな母を叩きました。
>冷静にさせるために・・・(親を叩くなんて良くないですが)

医者は、患者さんと家族のやりとりの詳細はわかりません。
親を叩くようなことがあるんですね。
その状況なら、正解でしょう。きっと。

>面識のない先生でも、名前を知ると「あぁ!」なんてこともしばしばあるらしいです。
きっと、こんな患者さんだったのでしょう。(笑)
http://tugagu.blog34.fc2.com/blog-entry-127.html
http://tugagu.blog34.fc2.com/blog-entry-130.html
http://tugagu.blog34.fc2.com/blog-entry-131.html

>先生同士、会うと母の話がよく出るそうです。
やっぱり、転勤しても担当した患者さんがどうなったかとかは、気になるもんですよ。

2009/10/08(木) 13:03:22
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
答えは白でも黒でもなく

探し求めた結果がグレーであってもいいよね



先生…

彼から1ヶ月ほど休職したと聞かされたΣ(゜□゜;)

あとは何を聞いても答えてくれません(´;ω;`)

休職期間が分かっていることから

もしかして入院?と感じましたw(゜0゜)w

彼にどんな治療が必要なのか分からないけど

生きる為に治療に専念する入院なんだと信じ

彼の言葉を待ち続けたいと思います(つω・`。)

2009/10/08(木) 19:59:23
URL | サッチャン #-[ 編集 ]
読ませていただきました。
よっしぃ先生、Uさんのお話を読ませていただきました。

言葉が適切かどうかわかりませんが、
ひょうきんで愛されキャラだったようですね。

母は副作用で髪の毛が抜けることがなかったんですよ。
(帽子も準備していたんですけどね)

本人も抜けると聞いていたのに、抜けないものだから
髪の毛を引っ張ったりしてたようです(笑)

食欲こそ少し落ちましたけど、嘔吐することもなくてって感じでした。

母は一生懸命だったのかもしれないけれど、
いつもニコニコしていて、いつのまにかお友達がたくさんできていました。

お掃除のおっちゃんやおばちゃん。
看護助手さんにいたるまで。

もともと、人懐こく明るいフレンドリーなキャラもあるんでしょうけど。

病名というのか症例というのかそういった面でも有名になったらしいです。
非常に深刻な状態であったと聞いていましたし。

できている場所、大きさ、状態。
そして、主治医が初めて受け持つ大きな病気だったこともあったみたいです。

だから、きっと他の先生方も診てくれていたのかなぁと思ったり・・・

なにより、母の明るい性格に救われました。
2009/10/09(金) 00:46:21
URL | りく #kUr9nKys[ 編集 ]
10年前かー…
よっしぃセンセは、既に後期研修も終わった【医師】だったんですか?

私はこの頃は、視神経炎という奇妙な病で大学病院に入院してましたねー。
血管造影とMRIを初体験しました。
頭部CTとか、たかが10年でも進化して検査時間はすごく早くなりましたね。
歯科医のX線はデジタルが当たり前になり、即PCで見られる時代ですし。
何よりこの10年で、ナースキャップがなくなり、パンツルックにスニーカーで走り回る姿が定着したのに驚きます。
そうそう、10年前だと普通に病棟に喫煙所がありました。
今考えると異常ですね(笑)。

話しを戻して。
本当に今は、当然のようにあっさり告知されるんですね。
父は自分で「肺ガンだってさ」ともらったプリントを家族に見せましたが、ガン=死と思い込んでた母はパニック。
我々子供達は、扁平上皮ガンをいろいろ調べ、そんなにタチ悪いモノじゃなさそうだからと励ましましたが。

医師も家族も、隠し通すよりは告知した方が精神的にら楽ですね。
嘘に嘘を重ねたり、バレることにヒヤヒヤするよりは全然いい。
処置や薬を簡単に検索できる時代ですし。
ただ、余命とかをどこまでシビアに伝えるかは、微妙に難しいですね。
家族としては「治るから頑張れ」と言いたいので。

前回お話した、鷹の藤井投手は「間質性肺炎」と信じ、治ることを信じて練習していました。
余命3ヶ月でよく1年もったと感心しましたよ。
もし、事実を知ったら、復帰を信じて鍛えることは出来なかったのでは?とも思います。

藤井より更に10年近く前の、鯉の津田投手は「水頭症」の診断を受けて引退しました。
彼もまた脳腫瘍という事実を知らずに亡くなりました。
まだまだ告知やインフォームドコンセントが定着してない時代だから仕方ないけど、隠してる周囲の方々も苦しかったでしょう。

「知る権利」もあれば「知らぬが仏」もあります。
嘘でもいいから、「まだ充分治る可能性はある」と言われたほうが患者は頑張れると思います。
その上で、積極的治療を選ぶか緩和ケアを選ぶか。

どこまで事実を告げるか、は家族に相談していただけるとありがたいです。
2009/10/09(金) 02:34:42
URL | 女王様 #-[ 編集 ]
>サッチャン
>探し求めた結果がグレーであってもいいよね
当然、白と黒しかないわけではないですからね。

状況がよくわかりませんが、彼も考えることがあってのことでしょう。

聞いて欲しくないこともあるし、サッチャンからしたら聞きたいことがあるかもだし。

いい関係を続けられるように頑張ってください。

>りくさん
Uさんも楽しい方でしたよ。

明るい性格で助けられることはありますよね。
きっと、まわりの患者さんも助けられたでしょうし。

いいお母さんだったんですね。

>女王様
そうそう、10年経ったらかわってますよね。

>「知る権利」もあれば「知らぬが仏」もあります。
嘘でもいいから、「まだ充分治る可能性はある」と言われたほうが患者は頑張れると思います。

それは、そうだと思います。
しかし、治ると思っているのであれば頑張って治療して治ってからやりたいことをしようと考えるかも知れません。

そうであれば、それは、その人にとってよくないことです。

難しいんですけどね。

家族として先に相談して欲しい気持ちは当然ですが、本人の気持ちも大切なのです。
自分が逆の立場で知らされてなかったらいかがでしょうか?
2009/10/09(金) 13:25:27
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://tugagu.blog34.fc2.com/tb.php/468-4288079f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

copyright © 患者と医者をつなぐもの all rights reserved.


template by http://flaw.blog80.fc2.com
Powered by FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。