~よっしぃの独り言                   医者として10年程仕事をしてきました。 医療関係者と一般の方々の間に大きな隔たりがある事も実感しました。 これは、お互いにとって不幸なことです。 このすきまに橋を架けれたらと思いブログを始めました。
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人生いろいろ・特別編 
2009/10/22 Thu 11:50
とある、知り合いの先生の経験談です。

多くの方に読んで欲しい話でした。

ブログ掲載の許可をいただきましたので掲載いたします。

『mad, sad death』

 男性は、病室を訪れた私に開口一番言いました。
「癌やろ。分かってんねん。で、どれぐらい生きられるんや?」
私は病名を告げ、治療の選択肢(ほとんどありませんでした)を告げ、余命を告げました。
「そうか、抗がん剤は使わんでええわ。」
会話はそれで終了し、あとはそっぽを向いてしまわれました。

 15~16年前、まだ、「緩和ケア」の言葉は無く、「ターミナルケア」の時代です。モルヒネの使用法を熟知していなかった為 文献を繰り、病棟看護師達がターミナルケアの看護方針をレポートにする。そんな、時代。緩和の主役は医療でなく看護者にあり、主治医にあまり出番はなかった。

 輸血の効果あり倦怠感が薄れました。痛みは無いのか我慢されているのか、訪室した私に、「もう、なんも治療せんでええしな。このまま死ぬ覚悟できてるしな。」と、いつも憮然とした怒った顔で念押しされるのでした。

 当然、日に日に衰弱は進みます。勢いのついた癌の進行は止める術がありません。ある日、まだ若かった(かつ青臭い)内科主治医であった私の提案
「何か、して欲しいこと、したいことはありますか?」
(つまり、遣り残したことはないか、もう日がありませんよという意味ですね、残酷ですが、必要であったと思います)。

しばらく考え、
「家に、いっぺん、帰りたいな。」

 院長に上申し、許可を取り、その数日後に、私と、病棟の担当看護師一人付き添い、病院からタクシーで15分ほどの彼の自宅を訪れたのは、その当時の私にできる、精一杯の「ターミナルケア」でした。
歩いて病院に来られたのに、もう足腰は立たず、タクシーを降りると細い路地を両方から支えて家に歩き着きました。

 60台独身男性の一人暮らし。こぢんまりとした2階建ての一戸建ての家屋で、意外なことにとても片付いておりました。自分で掃除されていたという。家につくと、彼はダイニングテーブルの上の手紙の束を取り、2階へ連れて行ってくれ、と言いました。
2階も整頓され、必要最低限の家具しかない部屋はガランとしていました。押入れの上の段に、手紙を置く所定の位置が決まっていたようで、封も開けずに手紙の束をその場所に置くと、彼はそれですっかり満足したように、見えました。
 部屋の中をぐるりと見回し、

「ありがとうな。もう、ええわ。」

と。(それが初めての「ありがとう。」!!)顔は怒ったままだったのですが。
それだけ、たった、それだけの外出が、彼の最後の望みだったようです。

 帰途の忘れられない風景。車の通る道までは細い路地で、来た時と同じように両側から身体を支え歩いているときに、少し離れた場所から近所の人たちが数人、こちらを見て、何かひそひそ話しています。
軽く会釈をすると、その全員が、眉をひそめ、いかにも何か汚いものでも見たかのような表情で、顔を背けたのです。
私は、他人の、こういう態度をあまり経験したことが それまで無くて。
驚きました。衝撃を受けるくらい、驚いたのです。
この、末期癌に侵された男性は、今までの人生、一体何を重ねてきて、どのように生きてきて、どんなに悪いことをしてきて、その結果、どれだけの人々に疎まれてきたのだろうか、と 考えを巡らし、悲しい暗い気持ちになったのでした。

 さて、その希望外出から死まで 1週間、も、無かったかもしれません。
彼の死に様は壮絶でした。本当に、苦しまれたのです。
「ありがとう。」を口にしていただいた時、ほんの微かに垣間見られた穏やかな表情は微塵も無くなり、痛い、苦しいと叫ばれながら医師を看護師を罵倒されます。
「苦しいんや!なんとかしろ ヤブ医者!」
・・・sedationをかける必要は、ありませんでした。準備をする短時間のうちに、昏睡に入られたのです。
昏睡の直前、薄目を開けて私を認め、彼が言った言葉が
「先生、治してくれ。」 でした。
「治せ、死にたくないんや。治してくれ・・・・。」


 数日間の昏睡から 死前喘鳴、下顎呼吸に至り、呼吸停止 心停止をベッドサイドで看取ったのは、私 独りでした。
白く四角い病室で、その男性は たった独りで 死んでいかれた。

しばらく 私の耳には「死にたくないんや。」と言った彼の言葉が残っていました。
こういう、死も、ある。あったのです。

そして私は今日も、何か。を、考え続けているのです。

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H先生もいろいろ考えて出来うる限りの支援をこの男性にしたと思います

それにしても、人生の最期に近い状態になると医療関係者はその方と深くつきあわざるおえないことがあります。

家族が来なかったり、いなかったりする場合、医療関係者が家族のような存在となることを何度か経験してきました。

なんとコメントしていいかわかりませんが、非常に考えさせられる話でしたので紹介させていただきました。

最後にこの話もまさに人生いろいろシリーズだと思うのですが、書き手が違うとこうも違う印象になるのかと思いました。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

コメント
この記事へのコメント
先生…お久し振りです(^-^*)/

患者サンの最後が1人じゃなくて良かった…そう素直に思いました!

1人でお家にいたら、自分の思いを言葉にすることなく孤独な最後を迎えたかもしれない…

家族や友達にではなかったけれど

最後に「ありがとう」「治してくれ」「死にたくないんや」と本音が言えて

主治医や看護師サンに看取られた最後は孤独なんかじゃなかった

思いを言葉に出来ないほど苦しいことはないよね

そう…

サッチャンが彼の今を友達や家族に言えずにいる

彼が元気になったらデートするよ…

そんな嘘を重ね、強がることで彼は死なないと自分にいい聞かせていた

いつも自問自答を繰り返しては泣いていた(つω・`。)

そんな時、よっしぃ先生に出逢った(´∀`*)ハァハァ

誰にも言えない思いを、ココで初めて彼のことを言葉にしたφ(・ω・。)

「助けて欲しい」そんなすがる思いでした

そしてサッチャンは、よっしぃ先生に優しい言葉で背中を押してもらったヾ(^ω^*)

今でも誰にも本音を言えないことが苦しかったりするけど

泣いたり笑ったり、そんな忙しい毎日だよヾ(゜∀。)ノ

彼の最後の日までサッチャンの言葉が届くようにと(o^ω^o)v
2009/10/22(木) 19:51:55
URL | サッチャン #-[ 編集 ]
Love is never ending
最期を迎える人の描写が身につまさりました。
そんな感じですよね。

末期癌の婚約者だった彼から、3ヶ月ぶりにmailが来ました。
命の目標は、雪が降るまでと伝えてきました。
北国でこれは何を意味するかと申しますと、あと半月程度ということです。

近いうちに彼のところへ、先日モデルをした際の写真を携えて、行って来ようと思います。とても彼に見せたかった姿でした。
脆い私を想い、会おうとしなかった彼ですが、両親や友人のいまわをみてきたことが私の精神を脆弱にも強くも(周りのfixで)していると、少しだけ思うのです。

同じセクションの同僚2人にしか、彼を訪ねることは告げていません。
「必ず戻って来て!」と言われました。



帰ってきたら、彼の自慢をさせて下さいね。
2009/10/22(木) 21:38:26
URL | エビ #XbnZBJT2[ 編集 ]
>サッチャン

>最後に「ありがとう」「治してくれ」「死にたくないんや」と本音が言えて
そうですね。
誰でもいいから本音を言える人間がそばにいた方がね。

やはり、人間が病気になったりして初めて死を意識したりどうしようかと悩み出します。
我々医療関係者は、患者さんや家族をみて経験がたくさんあります。
その経験を知ってもらうことで救える人もいるかなって思ってました。

サッチャンの役に立ててよかったと思います。

まだ、辛いこともあるかも知れませんが経験することで人間は強くなれますよ。

>エビさん
たまった何かを吐き出すところは必要ですよね。

ここがエビさんにとってそのような場所でありますように。

私にとってはアルコールですけどね。

是非是非、自慢話を聞かせてくださいね。
2009/10/23(金) 11:10:42
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
「人生いろいろ」って
もしかしたら「死に方いろいろ」かも知れませんね。
生きることと死ぬことが表裏一体というか。

詰まるところ、どう死ぬかがどう生きるかではないかと、シリーズを読みながら考えました。
と同時に、我が父のような強情でワガママで偏屈な人もいるんだなぁと、ちょっと安心したりして。

この方ですら、H先生が看取ったのに、我が家ときたら…。
自室で寝たまま家族の誰も気付かないなんて、情けないやら悔しいやら恥ずかしいやら。
一生の不覚です。
死前喘鳴や下顎呼吸なんて初耳でした。
呼吸器も何もなかった父は、どんなに苦しかったろうと。
何故母を呼ばなかったのかとか、前日に気付いてやれなかったんだろう?とかまた沸々と自分の至らなさへの怒りがわいて参りました。

医者嫌いの父が、自ら選んだことです。
何もしなくていいと言いながらも、当初から「痛いのはイヤだ」と勝手なことを抜かしてました。
確かに、激痛さえなければ終末期も尊厳死も、比較的ラクでしょうね。
ガンそのものより、副作用や疼痛の苦しみが本人には堪える。
死ぬ病が恐ろしいのではなく、激痛が恐ろしいと言っておりましたからねぇ。
母は直前3日くらいに「ずっとうとうとしてる」とか言ってましたが、あれは昏睡だったんでしょうか。
何故、力ずくでも病院に連れて行かなかったのか。
病院嫌いなんだから、たとえ苦しくても・何も出来なくてもあれで良かったのか。
後悔のような自問自答は、今も続いています。
死に目に会えなかったこと、たった1人で逝かせてしまって2時間も誰も気付かなかったこと。
悔やんでも悔やみきれません。
最期くらいは、入院してりゃ誰かしら見守ってやれただろうに…。

「遅かれ早かれ、いつか皆死ぬんだから」と父は言いました。
何もしてやれなかったけど、苦しい中でも、いい人生だった・楽しかったと思って旅立てたならいいかなーって思っています。
本人も家族も強い心がないと、ガンとはつきあえませんね。
2009/10/23(金) 16:36:00
URL | 女王様 #-[ 編集 ]
考えさせられました。
何度も繰り返し読ませていただきました。今も、どうコメントして良いか解らないですが、ただ、もう少し時間があれば…

『死にたくないんや』。本当は、死にたくなかったのかも知れないし、最後に、やっぱりもうすこし生きて、やり直したいと思ったかも知れないし。

もしそうだとしたら、医師も看護師も、精一杯の支援をしていたからだと思います。

足腰立たない人を二階に上げるのは、結構大変なことです。最後に自宅に戻れてきっと嬉しかったと思いますよ。
2009/10/24(土) 10:18:47
URL | sa-ki #-[ 編集 ]
>女王様
人間は必ず死にます。
これは、どんな人間でも必ず一度だけ訪れます。

一度しか訪れないから知らないことが多いのです。
医療関係者は普通の人があまり知ることの出来ない最期のパターンをいくつも見ています。(もちろん、家族しか知り得ないこともありますが)

知ることにより不安の一部でも減らすことができると思います。

ですのでブログを書いているのです。

女王様はいろいろ後悔されているようですが、女王様のお父さんはきっと理想的な最期をとげられたと自分で思っているのではないでしょうか?

少なくとも私はそう思います。

むしろ、無理矢理病院に連れて行かれた方がイヤだったのではないかと思います。

また、入院させていたらいたで何らかの後悔が出てくるような気がします。

病院嫌いな人が家で最期の時を迎えられる。
理想的だと思いますよ。

>sa-kiさん
私も、どうコメントしていいのかわりませんでした。

正解なんて誰にもわからないですからね。

ただ、独りの男が最期を迎える前に小さな希望を叶えられただけなんです。

でも、心に残り、何かを考えてしまう話だと思います。
2009/10/24(土) 11:47:07
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
その通りです
普通の人間は、そうそうご臨終に立ち会わないですよね。
ガンというものに対して、皆さんがどう向き合ってるかもわからない。
何が正しいのか、ベストなのかもわかりませんね。

でもなんとなく。
うまく言えないけれど、よっしぃセンセのブログに出会って、ワガママで頑固だった我が父だけが異質じゃないことが見えて、ちょっと安心しました。
いろんな患者さんがいて、いろんなご家族がいて。

諦めではなく、1つの選択としてアリだったんだと受け入れてやれるようになりました。
無論、最初から意思表示をしてくれなかった怒りとか、看取ってあげられなかった自分への悔しさとか、そういう部分は生涯残るとは思いますけれど。

案外、他人の口出しが厄介なんですよね。
恐らく父も、治療する気がないと家族に宣告すれば、ゴチャゴチャ大反対されるから言わなかったんだろうし。
亡くなったことを連絡したら、親類が「なんで病院連れて行かなかった?」とやっぱりゴチャゴチャうるさくてウンザリしましたし。
意思に逆らって病院に入れたら、それはそれで色々言われるでしょう。
外野席のせいで、簡素な家族葬も出来なかったし…。
どうしても、闘病から葬儀まで「望み通り」は行かないことを痛感しました。

で、それなら自分が罹ったらどうするか。どうしてほしいか。
そういうことも含めて、諸々考えるキッカケになる体験でした。
よっしぃセンセブログには、そのヒントも頂きました。
感謝してます。
患者も家族も、闘病はほとんど「精神的」な部分ですね。
「いろいろな人」の「いろいろな向き合い方」を知れて良かったです。
2009/10/27(火) 01:09:59
URL | 女王様 #-[ 編集 ]
>ワガママで頑固だった我が父だけが異質じゃないことが見えて、ちょっと安心しました。
そうそう、そんな人普通にいますよ。

>1つの選択としてアリ
十分アリだと思いますよ。

>案外、他人の口出しが厄介なんですよね。
そうそう、病院に文句言うのもいつもは病院にほとんど来ない方が文句をいいます。
いつもそばで見ていると理解できるんですね。
たまにしか来ない人は、元気なときのイメージしかないですから。

>で、それなら自分が罹ったらどうするか。どうしてほしいか。
そういうことも含めて、諸々考えるキッカケになる体験でした。
私の目標が一人にでも達せられて嬉しいです。

でも、また読んでくださいね。
2009/10/27(火) 12:54:26
URL | よっしぃ #-[ 編集 ]
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